長いトンネルの先は


あの愉しかった思い出は
逆に私を淋しい森林の中へと導いてしまった。

可愛い盛りの子供にもう逢えないと思っただけで
やり切れない気持ちでいっぱいになった。

一回目の離婚の時もそうだ
あの時は5歳と3歳の子供達と別れた。
やはり辛かったが、
その時は自業自得だっただけにまだ辛抱もできたし
私ひとりではなかったので我慢もできた。

しかし今回はその何倍ものしさが私をった。

酒の量もえ、自分ではもうコントロール不能状態。

部屋の中は荒れ放題、ワインや焼酎が足のもないぐらいらばった。
にはれた時の爪跡が大きな穴を開けの部屋まで丸見え状態。

もう病院へ行くしか手はなかった。
肝臓もがり食事もれず、酒しからない。
酔っ払って道でたり仕事場でもれるになり
見かねた店主(教え子)は、私を入院させた。

そして教え子はその一晩私に添い介護た。
一人身になった私に看護する人などもういなかった。

何と親方いの弟子であろう、私は酔っ払ってはいたが
この事だけは、一生れまいと思った。

私を止める人もなくなった今、もう病院をるしか私にはなかった。

その後も入退院を繰り返した。
病院にいると何故か心が落き、
される感がしてならなかった。
淋しかったんだと思えたが、
まだ死にたくなかったのかも知れませんね、
なんと往生までいのか
「甘ったれるな」
と云いたい。

人の何倍も色んな経験や体験をしてきたにはけない姿であった。
しかし心中はこのままわらせたくはなかった。
自分にけたくなかったのでしょう? 
それともプライドだったの?
それはどちらか分からないが〜
元嫁には絶対負けたくなかったのが、
その時の本音だったのかも知れません。

それだったらめて酒だけでもめないとダメだ考えた私は、
子供や元嫁の居る地元かられる事を決意した。

手にのある者はこんな時は助かった、
体一つで何処へも行けた。
そして地元かられた山中にあるレストランへ行った。
田舎
の人はとても良くしてくれた、
純粋で心のもりをすぐで感じた。
人情味をこれほどかく感じた事はしぶりだった。

今回世話になった店主真面目な脱サラの
私の事情を聞き親身になってくれたのが幸いした。
そしてその時、私はここで人肌ごうと決めた。
全てを忘れる為、そこで住込み店員になり働いた。 
一生懸命やったので店の売上げも上がり店主信頼る事ができた。
仕事に燃えている時の私はホンマに素晴らしいものを持っていると自我する。
人の何倍も動き、朝の仕入れから夜遅くまで体をしまず働いた。
これは四国の叔母ちゃんからの教えだった、
働くと言うのは、
傍(はた)の人を楽(らく)させるからはたらくと云う教訓だった。

経営にいても今までの経験を上手く生かせ、
売上は伸び続けた。

そして私は大きな企画を建てていた
店の裏にある敷地にカラオケBOXを造るプランである。
田舎なので土地はいくらでもあったし、食べ物と飲み物は店から
村の活性化にもがり計画である。
総工費1億円はかる大工事ではあったが、
意外なことに店主はGoサインを出してくれた。
これには私もびっくりした。

おとなしい真面目店主度胸の良さに私は敬服した。
私の責任は重大になったが、繁栄させる自信は十分あった。
私は久しぶりに燃えた。
本当に楽しかった、
商売の醍醐味を又ここで味あわせてもらえる事ができた。

そして半年後、
カラオケBOXは村に大きな旋風を巻き起こし堂々とオープンした。

売上げもすざましいものであったと記憶している。
今までの10
倍ではまらず、15倍位まで伸びた。
私のは云うまでもなく、売上げ以上に伸びた。
板前もりず、私のブレインまで呼び寄せるに店は大変繁盛して行った。
おかげで子供の事を忘れる事もでき、苦しさは既に開放されていた。

1
年以上経過した頃だったろうか、
私はもう自分の任務が終わった事を感じ始めた。
ずっとこの山中にまろうと思った時期もあったが、
その頃から店主
の奥さんの口出しが始まった。
皮肉
はものである、
かってくると人の欲は切りがないのかも知れない。

運営にまで口を出し私の理念から離れた経営に失望をきはじめた。
店主
の云う事も聞かない奥さんに嫌気がさし私は山を降りる決断をした。
決してばしい結末ではなかったが、これが運命なのかも知れません。

 先の見えないトンネルのこれが終点だったのか、それは分らない。

私は後味の悪い思いで山を降りる事になったが
店主には感謝され多少は救いになった。
そして又、何故か地元に戻って来てしまった。
なぜ
府県に行かなかったか、少し疑問が残った。

私は元嫁の情報たかったのかも知れない。

元嫁には負けたくないと思っているのはらないでもないが
そんなに早く結果などるはずがない。

しかし地元に帰ると色んな情報がってきた。
それも元嫁の情報ばかりで子供の情報など何一つなかった。

元嫁はす勢いで商売を伸ばし、
あれ以来3軒も店を増やしていたのである。
そしてそんな情報を聞く、私は又んで行った。

もうけたと思ったんでしょうか〜、
生活のリズムは一変してしまい、また飲み始めた。 

あれから年以上、頑張った事が全て無駄になった時であった。 
勝たねば、勝たねばとる心がよけい私をしめていた様に思えた。
何をって勝ちとするのか、お金をぐ事だけが私は勝ちと思っていたのか、
理解
に苦しむが正直からなかった。

一人っ子で育てられた私は苦労とは何かを知らなかったのでしょう〜
いつも傍に誰かがて私を助けてくれ、
気遣ってもくれた。
だからいつまでも大人りきれずにいた。

そして一人も居なくなった今、
それにやっと気づいたのかも知れない。

その上しさからも抜け出す事ができず、
心の弱いになってしまっていた。

女性には不自由する事はなかったが、
本当に心の底からせる人がいなかったのかも知れない。

人生の半分以上過ぎた時点でこうなるとは私は思ってもいなかったし、
それをえる力など私にはもうなかった。
夢も希望もい、いつ死んでも良いと考え人生を捨ててしまった。
今回こそ本当の敗北者になっていた。

そんな時、あの偶然再会したのである。
あの娘です! 元嫁から逃げて一緒になろうとしたすずめ
ホテル事件があって7年間っていなかったすずめに逢ったんです。
私がした数少ない女性の中の一人、そのとこんな形で再会した
だったのでしょうか、
それとも神様が私に最後のチャンスを与えてくれたのか、
後光が射した様に私はった。

すずめも彼氏と別れようと悩んでおり、意見は合った。
何と云う偶然なのでしょう、私はすずめを家に入れた。
おかげで私は長い間忘れていた、心温まる時を味わえた。
それは忘れかけていた家庭の味であった。

その後は一緒に遠くまで食事に行ったり、
家のベランダでグレープフルーツをいてもらうなど
そんなひとときを過ごす事ができた。
その時食べたルビーのグレープフルーツは忘れもしないになった。

私は冷たいをすずめに作ってやり、
に食べさせるなど新婚生活の様なまね事をしていた。
このままずっと一緒にれたら良いのにと思ったに違いない。

そんな運良くかくかは分らないが私に仕事が舞込んだ、
それが外国だったのにもかされた。
おまけに期間は2年間、途中の帰国は許されない。

外国の仕事は初めてだったし、
国名すら聞いた事がない処だけに私は戸惑ってしまった。

今はすずめと一緒に居たかったのが本音だった。

やっと見つけた安住地に
もっともっと私はされたかったに違いない。


すずめも悩んだ様だが、この娘は素早く決断を出した。

自分の為にも、ケジメをつけとしたのかも知れない。。

べぇは海外で強い人間になって帰えって来て、

私は彼氏ときちんと別れておくから〜』


べぇの住まいは私がって待っているから安心して行きなー』

と云ってくれた。

そして2年後、
帰って来たには二人で結婚しようと云ったのである。

2年間はちょっと長いけど、
夢と希望をもらった私はうれしかった。

夢や希望などすっかり忘れていたが、
2年の辛抱は私はできると確信した。
そして私の心も決まった。
不安はもちろんあったがこれがラストチャンスだと私は捉えた

もう後戻りはできない。
日にちもり最後に私はすずめを連れ、
徳島の叔母ちゃんの処に行った。
叔母ちゃんへの報告のつもりだったのか、
安心させて行きたかった。

叔母ちゃんの家で一泊し、
レオマワールドのホテルで一泊し
すずめと初めての旅行を楽しんだ。


寝床を共にするのがこの時、最後になるとは考えてもいなかった。

さぁー出発の日が訪れた。

つづく