marriage-国際結婚?


アニーの二回目の来店には、裏にこんな企みがあった。

だからママは社長まで巻き込んで私とアニーを結婚させようとした。

ディナーの招待もきっとその為だったに違いない。

でも国際結婚そんな事、私にはあり得ない事だった。

結婚など懲り懲りと思っていた上、愛の女神とのはかない夢も散ってしまった今、

そんな事、想像も出来なかった。

ましてや日本人とでも上手く出来ない人間が、外人さんと上手くやれるはずもない。

それを重々承知している私に結婚など、頭の片鱗にもなかった。

しかし今回のママの策略は、私の弱い箇所を上手にくすぐってきた。

この企みとは物凄い事を考え、ママはそれをスタートして行った。

これはアニーと一夜を共にした時点でママは考え始めたのかも知れない。

アニーが二回目に来る前にママはこのシナリオを作ったに違いない。

アニーが帰島してから三日目の出来事でした。

ママはアニーから突然電話があったと云い、、私にこんなを伝えてきた。

ママさん曰くだが、アニーはMr.Amanoと住む事をめる 』と云ったそうだ。

この言葉の意味するものは、日本だったら同棲するか?結婚ではないか?

私はあの夜、そんな事は云っていなかったが英語では上手く通じなかったのかと思えた。

来て欲しかったのは事実だが、そこまで云ってはいなかった。

突然
Telにママはびっくりしたと云ったが、私の方こそびっくりした。

それが事実だったらママはシメシメと思ったのではないか、これでママのになった。

それから数日後アニーは本当に来た・・・

した荷物もなく、小さなカバンしか持っていない彼女に

プラランでの生活もえ、私はとても可愛そうに思えた。

この辺が私の弱点なのである。


そこへ追い打ちをかける様にママは・・・

『アニーは仕事もAmanoさんに全てをここへ来たんだよ』

っていプレッシャーをかけたのである。

これがママのシナリオだったのでしょうか、ここで第一幕がろされた。

『だから真剣に考えてあげないとね』

と付け加えたが、ここでは結婚までは云わなかった。

そしてママの云われるままに部屋は大改造する事になった。

ママはアニーを早速買い物に連れだし日用品や必需品、全ての物をママがえた。

もちろん私も連れ出され、支払いは当然私であった。

のペンキりも命じられ、した事のないピータイルまでハメになった。

何もなかった部屋はソファーや家具も入り、これをにテレビや冷蔵庫まで買った。

殺風景な部屋
は、ママのおかげといったらいいのか大変身した。

(やっと、人さまが住む部屋らしくにはなった)

さぁー、しいライフスタイルのスタートである。


ママは今回、協力すぎるほど協力的でとても気持ち悪いものを私は感じた。

私の通訳までかってくれるやらその力の入れようは大変なものでした。

休日はアニーとドライブするように勧め、店の車までしてくれた。

それは誰が見ても異常としか取れなかった。

使用人のダニエルでさえ今回のママの行動を不思議がった。

早く私と結婚させたかったんでしょうか〜ね?

そして極めつけは子供をけた実姉の所にまで私を出向かせた。

顔見せのつもりだったのでしょうかね〜

帰りには子供をれてくるようにアニーにい、

アニーとママはレストランで子供と楽しく遊んでいた

これの意味する事など、その時の私に分かる筈もなかった。

アニーも嬉しそうだったが一番楽しかったのはママだったのかも知れない

そして第二幕がろされた。

今度はアニーに私の夕食を作らせんだ。

この国の料理はクレオール料理、

ニンニク、ショウガ、油を多く使うのが支流である。

仕事を終えて部屋にるとフライドフィシュが用意されていた。

味はないは、うろこは有るは、口中がうろこだらけ、飲み込むのに苦労した。

しかし美味しそうに食べる事に私は努め、あとは胃散消化を助けた。

料理もさる事ながら、今度は風習の違いである。

これにはさすがにびっくりするものがあった。

休みにママがしてくれた車で、ドライブした時の事です。

山中を走っていた私は途中で小便がしたくなり、『ソオーリー』と声をかけ、

車から降りて用を足そうと谷底めがけ小便をした時でした。

近くに人の気配を感じろを振り向くと、

車から降りて来たアニーが私の真横に小便をし始めたのです。

私はイチモツを隠すかの様に谷に発射していた放水を止め様としたが、

すぐには止まらず、方向だけを必死に変えた。

アニーの股下は尿水で溢れ、洪水の様に谷へ流れた。

これにはびっくり仰天声を失った

そして助手席
に戻ったアニーは足にかった自分の小便を

これまた無動作さに手で払いのけるしぐさに私はたまげるしかなかった。

だから部屋でもそうである、トイレへ行ってもなどめる事もなかった。

彼女の元気の良い放水の音はその後、何度も聞かされた。

しかしシャワーを浴びる時だけはカーテンは閉めるのです、何か変ですね?

これが風習いとでも云うのか、百年の恋もめそうな思いがした。

しかしこの国ではこれって当り前の事で私が知らなかっただけだった。

そしてこんな事もありました。

仕事が終わり薄暗い部屋に帰った時、

アニーはベットにうつ伏せになり眠っていたが・・・

その足元は、スリッパを履いたままだった。

スリッパを履いて寝るなよと居いたかったが、

あの座りション以来あまり驚かなくなっていた。

しかし今回は違う意味でびっくりした。

スリッパと思っていた足元は、実は足の裏だったです。

真っ白い足裏が薄暗い部屋ではスリッパに見えてしまった。

手の平も確かに白かったが足の裏ほどではなかった。

これは大発見でした。


そして感性の違いもあった。

日本船員のお昼の弁当っていた時の事です。

ついでだと思い私はアニーの分までたのだが大誤算になった。

アニーはWhy?・・・Whyとなぜを連発した。

なんでそんな事をするのかと不思議がり終いにはりだしたのだ、

これにはがわからなかった。

節介としか取られなかったのか、私はとてもしい思いがした。

この気持ちをどう英語で説明したらいいのやらもう不可能だった。

気遣い心遣いな
ど外人にはいらないのかも・・・ 

風習習慣・感性の違いをここでひしひしと感じてしまった。

その上アニーのあの暗さが日増しにひどく感じられ、

どうしょうもできないまで来てしまった。

暗さの原因など、もう分かり様がなかった。

日々
のコミニケーションがどうしてもれない。

セックスの時だって人は言葉などらないと云うけど、

私はしてそうでないと思った。

言葉すなわち心と気持ちである。

その時の心境を言葉に出来なければ意思疎通などりえない。

日本でさえ、言葉にさなかった私は何度も失敗してきた。

それが外国で外人さんに英語でできるのか〜?

そんなの上手くいくがない事、私はらなかったのでしょうかね〜

ましてインターナショナル・マリッジ(国際結婚)? 

そんなそれた事など〜無茶苦茶なことである。

それがその時、やっと分ったのかもれません。

本当は、楽しいはずの同棲生活も日増しに苦痛となって私をった。

しさしか感じられない日々に、私はもう限界まで来てしまった。

アニーが決して悪いではない。

もっと気楽にしていたら続いていたかも知れないが

結婚を意識しすぎたのかも分かりません。

そしてに私はママに答えを出したのだが、ママは猛反対した。

もう少し、辛抱したら必ず上手く行くからを連発された。

その時、ママのみがた時でもありました。

ママは私とアニーを結婚させ、子養子に出した子供を引き取らせ

今度はママの子供にと考えていたのであった。

一夜だけでましておけば良かったのに、

心までしがった私がら墓穴を掘ってしまい、アニーまでもつけてしまった。

私はアニーの気持ちも聞かないまま早く結論を出し過ぎた。

プライドのいセルシワのアニーはった。

彼女はママに完全められてしまっていた。

私と結婚をする事でアニーは子供と一緒に住めると思っていたのでしょうね。

だから怒ったるのも当然だと思った

ママなんか自分の事しかえていなかった。

私もたった二週間の同棲生活にピリオドを打つハメになった。

こんな結末になったお詫びに私は一年分の生活費(20万円)と

来た時に買った全ての物をアニーに渡しれた。

又いつものパターンである、

こんな処に来てまでも又、になってしまった。

これはやはり私の宿命かも〜知れませんネ。

の様に来て、嵐の様にって行ったアン・アニー。

この日間は一体何だったんだろう〜

私の心に大きな穴を開け、って行った彼女に何を私はえられたのか?

しさだけがアニーのきみやげの様に私には思えた。

しかしこれは私がいた優柔不断だったのかも知れません。

部屋はアニーのいだけを残し、

全ての物が私の前から消え、アニーもプララン島へえていた。

私に未曾有の体験をさせてくれた、アニーである。

グッドバイ〜アニー!

















筋書きのない、帰国