懲りない結婚
あのマヨネーズ事件が終わり、全てを失ったと思った私だが
あの娘は又この家に戻って来た。
本当に私の元に戻って来たのか?
それとも帰る処がなく、戻ったのかは定かではないが
私はポジティブに前者の方を選択した。

まだケチャップとソースのう部屋ではあったが、
私たちはまた此処で新しいスタートをった。

仕事先にもマヨネーズ・おばさんが働き
この部屋にも又この娘が居る。
何んら以前とは変わっていない情景に私はうれしかったが?

変わったと思えたのは、私に安堵感はうまれた事だった。

でも通い妻への罪悪感は消える事はない。

そして誰に報告するでもなく、
流れるままに二人は時を過ごしていた様に窺えた。

マンション住民に私たち二人がどう映ったのか、
又違う女が来た位にしか、その人達には見えなかったでしょう~

店の人間にも云わなく、友人にも語らなかった。

そこにはこんな理由もあった・・・・

彼女の心中がまだ分からなった上、歳の差ギャップがあった。

いつ逃げられ、居なくなってもおかしくはなかった。

だから結婚はないし、私もしないと決めていた。

だからみんなには云えなかった。

その上、彼女の母親にも告げなかった。

せめて同棲しているぐらいは母親に報告しなければいけないのに、

彼女があえて云おうとしなかったから私は控えた。

なぜ彼女が云わなかったのはその時は分らずにいた。

歳の差を気にしての事か?

あのマヨネーズの一件が、まだ尾を引いていたのか?

他に何かがあるのか?

この時点で私はまったく分からなかった。

母親と云ってもまだ若く、年齢は私よりも年下だった。

その上、スナックのママをしていたからよけい母親の様には見えなかった。

なんか妙な感じでした。

そして彼女は親子の距離をずいぶん置いていたのも変だった。

いつも明るく振舞っている彼女だが、そこには何かある様に窺えた。

しかし深くは考えていない様にも思え、あえて聞く事はなかった。

そして父親の件はあれ以来云わなかった。

母親との付き合いはないわけでもないが、逢う事は避けていた。

近くに居るので行こうと思えばすぐ行ける距離。

でもあまり行こうともしないし、話そうともしなかった。

だから私は母と娘の間に、
他人様には知られたくない何かがあると直感した・・・

しかし今、私と彼女は新しいスタート台に立とうとしていた。

今から思えば、ホンマにようやるわ~と思えますね・・・

時は1994年9月の頃でした。

小生43才、彼女20才。

ちなみに母親は39才だった。

年の差も忘れての生活がそれから始まった。

でも私は彼女の胸中を見る事ができず、
日々悩んでいたのが本音だったのかも・・・

23歳の差は当然だが、どうもそれだけの様にも思えない。

彼女が私を好きなのかも分からず、分からない事だらけの彼女だった。

大きな影が彼女にはつきまとい、たえず見え隠れしている様にも映った。

ホンマ変わった娘なのかも知れませんね?

二人でいる時はいつも明るく、楽しそうには見せてはいるが、
その影は彼女の心の奥底に、いつも潜んでいた。

そう云う意味で、彼女は変わった娘なのかも知れない。

しかし彼女は子供をすごく欲しがった、若い娘にしてはめずらしかった。

私を愛している証だったらもちろん分かるがどうもそうではない。

また結婚を意識しての事でもなさそうだ。

疑問だらけの彼女に私は追求する事を諦め、成り行きに任せようとした。

 ただ云える事は、彼女は板前フェチであった。

 そして彼女の母親も、これまた板前フェチだった。

福井にいたあの父親も以前は板前だったと聞いた。

変わったフェチ家系である。

しかし私は真剣に彼女を愛してしまった。
もう同情からではなく、心から愛していたのである。

だから私は種馬のように夜は頑張り、彼女の望みを叶え様とした。

これは私自身、この娘と一緒になろうとした証だった。

そしてその甲斐があり、彼女はすぐ子供を宿した。

回数にして何回位しただったろうか?
数えたわけではないが、両手はいらなかった様に思う。

1994年の12月初め頃、妊娠を知った。

 でもその頃から彼女の行動は変わった。

母になろうと頑張っていたのか、喫煙していたタバコもスパット止め、
お腹の子だけを考える日々になった。

凄い決意である。

それは大いに結構な事だが子供を宿すや否や、
彼女はセックスを拒み始めた。

初めは納得したが、日が経つにつれ異常なまでの反応に変わった。

ある日、私はその反応に疑問を持つ様になった。

私は、ただの種馬に過ぎなかったのか~と

それ以後、二人にはセックスはなかった。

でもそれ以外は本当に仲の良い夫婦の様であった。

年の差もあまり感じる事もなく、楽しい生活が続いた。

ただ一度だけわからない事があった。
休日の夜、食事も終わりテレビを観ていた時である。
時間は9時頃だったか、彼女が急に

 あ・そ・ぼ・ ? と言い出した。

これにはさすがの私も意味が理解できなかった。
年の差を感じた一言だった。

この言葉、皆さんだったらどう理解しますか?

普通ならたぶん夜の営みを察する処ですが、
彼女の場合、それはあり得なかったので尚更悩んだ!

あくる日、私は5階のおもちゃ売り場で
トランプやテレビゲーム機などを買い帰った。

しかし彼女の意図する処ではなかった。
その意味は彼女と別れるまで分からないままになってしまった。
何故か聞けなかった!

そして10年ぐらいたった時、その意味が何となく分かった様な気がした。
あ・そ・ぼ・ 
これって目的ある行動ではなく、
若い子が何となく近くを徘徊する様な事の様に思えた。

彼女は外へ出たかったのか、
ドライブでも何でも良かったのかも知れない。
私はそこまで読めなかった。

ちょっと年の差を感じながら私は後戻りができない事を知った。

宿ってくれた自分の子供の為にも、
私は前に進むしかなかった。

そして私は心に誓った。

今度こそは死ぬまで離婚はしないと心に決め、
彼女を入籍す事にした。

この日を忘れないために私はこの日を選んだ。

 それが1995年3月3日の桃の節句でした。

そしてこの年が日本列島を震え上がらせた
あの阪神大震災が起こった年だったのです。

そして9月20日、
3番目の長男として善起が産まれた。 

もう何があってもこの子供とは別れないと私は心に強く誓った。

そして子供が出来、ずいぶん環境は変わった。

あのマヨネーズの家からも脱出でき、高級なマンションに引越した。

彼女の母親も孫ができた事で家に出入りするようになり、
母娘の仲も良くなった様には見えた。

しかし私とのセックスはその後も何ら変化はなかった。

今はやりのノンセックス人間なのかも知れない
と私は思うしかなかった。

しかし彼女の母親ぶりには、びっくりした。

いまどきのヤンママにしては
珍しいぐらいのお母さんぶりを演じていた。

自分が幼少時にしてもらえなかった分まで
彼女はしている様にも見えた。

彼女の過去には、
やはり大きな何かがある様にその時思え、
とても気がかりだった。

そんなある日、ある事がきっかけで
彼女の過去を知ることができた。

それはテレビ出演のオファーだった。

彼女の悲しい真実がその時、証されたのである。

MBSテレビ、
『目撃~ドキューン!』と云う番組。

私は聞いた事もない番組名であり、
当然観る事などない番組である。

ゴールデンタイムに放映されており、
視聴率の高い、ヤンママ向きのテレビ番組だった。

 そのテレビ局が近々取材に来ると聞かされて、私は驚いた。

それは彼女が応募した一通の手紙が発端になった。

入籍はしたものの子供ができた事で結婚式も挙げなかった。

しかし彼女は式を挙げたかったのでしょうネ?

この番組のT.V結婚式に応募したのだ。

 最初の板前と結婚した時も
式を挙げていなかったと思われる。

だから、一度はウエディングドレスを着たかったのでしょう~ネ!

 その『目撃~ドキューン!』の最後のコーナーに、
テレビで式を挙げてもらえる箇所があった、
彼女はそこへ応募したのだ。

歳が離れただけの再婚者同士、
そんな簡単に採用される訳などはない。

 しかし今回選ばれたのには理由があった。
 その採用された理由とは、彼女の希望とはかけ離れた。

 結婚式のエンディング・コーナーではなく、

メインのオープニング・コーナーだった。

この番組のテーマは、若いママ達の苦労や
それにまつわる奮闘記である!

そして最後に涙を誘うのがテレビ局の意図する処だった。

彼女が出した一通の手紙に彼女の過去の一部始終が書かれていた。

 テレビ局は、彼女の生い立ちに感心を持ち、
今回、飛びついた様です。

私も知らない、彼女の可哀想な過去の境遇を
テレビは伝えたかったのである。

そこで私も始めてその真実を知る事になった。

幼少時に小さな頭で考え、悩み、格闘した苦しかった日々、

それが彼女の奥底に秘められていた、知られざる秘密だった。

子供には想像を絶する出来事があった。

今でも母親とは上手く行かない心境がこれでやっと分かった様な気がした。

近くに住んで居るのに、行かなかったのもそのせいだった。

それが今回、テレビの取材中に見えたのである。

私は採用にノミネートされた時、

テレビ局のデレクター宛へ一通のFaxを送った。

その内容はこんな事だった。

母と娘の繋がりを感じさせない彼女!
二人の心の奥底にあるものは、一体何なんでしょう~か?

閉ざされた心は今もまだ開く事もなく、時は過ぎてきています。

何もなかった様には振舞っては居るものの、
過去に於いて二人には大きな何かがあった様に
私は感じずにはおれません。

この歪みは根強く、いつまでも彼女につきまとい、
このままでは表われる事はないでしょう・・・

こんなしがらみを持ったまま、母と娘は
生涯を終わってしまい相に思えてなりません。

今回ノミネートされたこの機会に、是非この件に触れてもらい、
彼女の心の傷が少しでも癒されれば、私は嬉しいかぎりです。

テレビの場をお借りして今回、その事を節に願う次第です。


このFaxで、デレクターは忠実に昔の出来事を再現してくれました。

そこには私が思っていた、以上の厳しい現実がありました。

それを眼の当たりにした時に、彼女の辛かった胸の内を
少し分かった様に思った。

辛かったでしょうね・・・
ほんとうに可哀想な出来事でした。

私もテレビに依ってこれを知る事となった。

テレビは彼女の過去を15分間、全国に放映した。


つづく